道は、長い。

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今は、売り上げ日本一のトヨタ、そのトヨタ黎明期、さんざん多くの会社にだまされ、ニッチもサッチもいかなかった事を知ってました。

自動車でなく、最初は、織物の機械自動織機という物を、大工だった豊田佐吉は、東京での万博に行き、弁当を毎日持ってゆき、毎日機械の前に行き、スケッチしていたと聞いています。

その後、自分で機械を作り、それを販売していました。

ところが、機械作りはうまいが、商売はうまくなく、だまされることが多く、大変だったと聞いています。

それを、後で入社する後に番頭になる人が、経営を助け、トヨタさんも軌道にのったそうです。

これは、同じトヨタでも、トヨタ自動織機の話です。

その後、佐吉の長男が、米国に留学し帰国したときに、自動車会社を作るのですが、まともな自動車が何年たっても作れない。

その理由は、エンジンの力が想定以下しか力がでなかったからです。

傾斜の強い坂とか峠は走れず、50%も力はでていませんでした。

なかなか解決できず、本社から

「ごくつぶし、ろくでなし、役立たず」

等さんざん言われていました。

エンジンの力は、ピストンとシンダーの精度から生まれますが、当時の日本では、いいものが出来なったのです。

それが作れるようになったのは、元トヨタ社員の人間が、米国に渡り、米国自動車会社に勤め、エンジンの作り方と材料を持ってきてからです。

エンジンを作るには、鋳物の技術が必要ですが、鋳物には、鋳物用の砂と砂を固める材料が必要でした。

当時のトヨタさんは、それを知りませんでした。

そのためシリンダーとピストンの間の微妙な隙間が作れず、ガスが逃げてしまっていたのです。

そして、力がでなかった。

米国からの材料が来てからは、トヨタさんも試作を重ねて、そこそこの自動車が作れるようになり、今の礎が作れるようになったそうです。

デイズニーもケンタッキーも話を聞いてみると、みな同じですね。

アマゾンやグーグルだって、いまでこそ優良会社ですが、両者とも10年以上赤字の会社でした。

企業規模を大きくしてから、株を公開して利益を上げるやり方ですが、投資家から10年以上投資してもらうのも大変だったと思います。

 

 

 

 

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